【以下の事例は、全体的な流れや手続面は実際に受託した業務が元になっていますが、登場人物や日付け、数値等詳細はフィクションです。】
旧民法(後述)の「遺産相続」による相続登記の事例の説明です。業務の依頼から登記完了までちょうど1年くらいかかりました。
最初の相談の時は、旧民法の「家督相続」の制度があった時代の死亡年月日と聞いていたため、比較的難しくない案件だろうと考えていました。「家督相続人(次の戸主)」は、原則として被相続人の長男であり、戸籍の記載から明白ですし、遺産分割協議が不要なので、二次相続以降の相続関係を検討すればよいので、現行民法に基づく相続登記とほぼ同様の作業で済むからです。
ところが、所有権登記名義人が「戸主」ではなかったり、「ん? 亡くなった人は、依頼者の直系尊属ではないかもしれない?」といったように、法律上の検討事項や手続上のハードルがあることが次々に判明しました。
以下のように、事実や経緯、手続について、時系列に「論点」として分けて記載しています。
- 法務局の登記手続案内では対応不可 →当事務所に依頼
- 依頼者は被相続人名義の土地の上に自宅家屋を所有(母からの相続で取得)
- 被相続人法務一郎は昭和10年7月1日死亡
- 被相続人法務一郎は戸主ではないため「家督相続」ではない。→現行の民法と同様に遺産分割協議が必要
- 被相続人法務一郎は戸主法務ヒロシ(依頼者の実父)の母の後夫(養子縁組はしていない。)であるため、被相続人と戸主は継親子の関係
- 被相続人法務一郎の出生時の戸籍は、壬申戸籍に該当するものと推認される。→取得できない。
- 被相続人の本籍地と登記記録上の住所が不一致であり、住民票も戸籍の附票もない時代の死亡であるため、戸籍上の死亡した人と所有権登記名義人の同一性証明ができない。
- 遺産分割協議への参加者は依頼者を含め30名(各相続人の居住地は全国に点在)
- 遺産相続から始まる数次相続(中間単独)の遺産分割協議証明書と登記原因
法務局の登記手続案内では対応不可 →当事務所に依頼
問題点
法務局には登記手続案内というコーナーがあります。登記を申請しようとする人が、司法書士や土地家屋調査士に依頼せずに自身だけでの手続を希望する場合に、まずは受付で書式や見本等が掲載された手引書等をもらって、それを読んだ後に手続の流れや一般的な事項の説明、質問に対する回答が受けられるという部署です。
ここでは、法律相談や登記の原因となる実体面に関する相談には応じてもらえません。申請書や添付書類を代わりに作成してもらったり、申請人の事案に沿った具体的な書き方を教示してもらったり、記載内容の適否に関する調査・審査(完成した申請書・添付書類の申請前のチェック)をしてもらうことはできないようになっています。

対処等
当初、本事例の依頼者も登記手続案内を利用して、自身で行ういわゆる本人申請をしようと考えたようですが、事案が複雑すぎて案内方法に限界があったようで(一般的な登記の手続の案内しかできないことになっているためです。)、最終的には手続案内を断られて司法書士への依頼を勧められたそうです。そこで、当事務所にご相談いただき、ご依頼いただくことになりました。
当事務所の業務における注意点
本事例のような案件は、通常の相続登記よりも多くの費用や時間がかかります。そういったこともあり、最終的な費用は終わってみないと分かりません。
また、他の相続人の反応等によっては業務が中止となったり、別途裁判所の手続のご依頼(又は弁護士への相談)が必要になることがあります。業務の受託の事実をもって登記の完了を保証するものではありません。
依頼者は被相続人名義の土地の上に自宅家屋を所有(母から相続により取得)
問題点
ご依頼の時点で、依頼者所有の自宅家屋は、被相続人の相続人(正確にはさらに数世代の相続が発生しているので相続人の相続人など)の共有地の上に建っているということになります。相続登記の申請をしないままでいると、年数の経過とともこれらの相続人にも相続が発生し、さらに人数が増えます。
対処等
相続登記の申請義務化による過料の通知を受けないためだけでなく、遺産分割協議への参加者が増え、事実上登記申請ができなくなることで子や孫に迷惑をかけることを防ぐという意味でも、不動産の所有権名義人に相続が発生したら、すぐに相続登記の申請をするべきです。
被相続人法務一郎は昭和10年7月1日死亡
被相続人法務一郎は戸主ではないため「家督相続」ではない →現行の民法と同様に遺産分割協議が必要
問題点
被相続人法務一郎は、昭和22年5月2日まで(昭和10年7月1日)に死亡しているので、本相続には、昭和22年法律第222号による改正前の民法(以下「旧民法」といいます。)が適用されます。
その結果、不動産の所有権登記名義人が戸主であれば「家督相続」による相続登記、戸主以外の家族であれば「遺産相続」による相続登記の手続を行います。
ここでいう「遺産相続」とは、一般の方やマスコミで言うところのいわゆる遺産相続ではなく、家督相続に対応する意味での法律用語としての遺産相続ということになります。なお、現行法では、遺産相続ではなく「相続」といいます。
「家督相続」とは、家制度を前提とした戸主の地位及び財産の承継のことをいいます。
法定家督相続人になるのは、被相続人が死亡した時に、被相続人の戸籍に同籍していた子の年長者です。原則としては、長男が家督相続人となります。 戸主であった被相続人の財産について、遺産分割を要することなく、すべてが家督相続人が取得します。 |
対処等
財務一郎(旧姓)は、その配偶者(財務一郎との婚姻前は法務の家(戸籍)に在籍していた。)であり、法務ヒロシの実母である財務花子(旧姓)が幼くして先代の戸主を家督相続した法務ヒロシの家(戸籍)に親族入籍するのに随従して、入籍しました。
被相続人法務一郎は戸主ではないため、当人が取得した固有の財産は「遺産相続」の対象となり、相続発生後、その相続人により遺産分割が行われることになります。
旧民法(抜粋)
第二章 遺産相続
第一節 総則
第九百九十二条 遺産相続は家族の死亡に因りて開始す
第九百九十三条 (省略)
第2節 遺産相続人
第九百九十四条 被相続人の直系卑属は左の規定に従ひ遺産相続人と為る
一 親等の異なりたる者に在りては其近き者を先にす
二 親等の同しき者は同順位に於て遺産相続人と為る第九百九十五条 前条の規定に依りて遺産相続人たるへき者か相続の開始前に死亡し又は其相続権を失ひたる場合に於て其者に直系卑属あるときは其直系卑属は前条の規定に従ひ其者と同順位に於て遺産相続人と為る
第九百九十六条 前2条の規定に依りて遺産相続人たるへき者なき場合に於て遺産相続を為すへき者の順位左の如し
第一 配偶者
第二 直系尊属
第三 戸主
前項第2号の場合に於ては第994条の規定を準用す(以下省略)
被相続人法務一郎は戸主法務ヒロシ(依頼者の実父)の母の後夫(養子縁組はしていない。)であるため、被相続人と戸主は継親子の関係
問題点
被相続人法務一郎と戸主法務ヒロシ(依頼者の実父)は、継親子関係にあります。
継親子とは何か・・・ 継子も実子と同様に遺産相続人になれるのか・・・
対処等
「継親子」とは、本事例に当てはまると、先夫の実子と後夫との関係のことです。
一定の要件のもと、継子も実子と変わりなく、被相続人の直系卑属としてその遺産相続人になります。したがって、戸主法務ヒロシも法務一郎の相続人の1人ということになります。
継子とは、例えば先妻の子と後妻との関係であって、この継父母と継子との間においては親子関係におけると同一の親族関係が生じるものとされていました(旧民728条)。
したがって、継子、庶子ともに被相続人が継父母、嫡母の場合は直系卑属としての遺産相続人となり(以下省略)引用:『第四版 旧民法・応急措置法から現行法 図解・相続登記事例集』p40(日本加除出版、河村敏雄・小林良次著、)
ア 旧民法728条は法定血族関係として養親子のほか、継親子関係を法定血族とし、親族関係を認めていたので、継子は家督相続人、遺産相続人となる地位を有します。
イ 「継親」とは子の側からみると、子の親(実親、養親、継親)の配偶者であり、子にとって親でない者が家を同じくする場合であり、「継子」とは親の側からみると、配偶者の嫡出子、庶子、養子、継子をいい、非嫡出子は除外されます。
引用:『登記官から見た相続登記のポイント』p170(新日本法規出版、青木登著)
旧民法(抜粋)
第七百二十八条 継父母と継子と又嫡母と庶子との間に於ては親子間に於けると同一の親族関係を生す
判例(大正9.4.8大審院判決)
継子とは配偶者の子にして婚姻の当時配偶者の家にありたる者又は婚姻中にその家に入りたる者を称す
先例(明治44.2.14民刑24民刑局長回答、司法書士会業務研修資料記載)
一度継親子関係が発生した後は、継子が婚姻、縁組等で他家に入っても継親子関係は消滅しない。継親と継子が家を同じくすることは継親子関係を発生させる要件ではあったが、存続の要件ではない。
被相続人法務一郎の出生時の戸籍は、壬申戸籍に該当するものと推認される。 →取得できない。
問題点
被相続人の戸籍は、その相続人を調査・証明するために、通常は出生から死亡までの除籍謄本、改製原戸籍謄本、現在戸籍謄本を集めます。
ところが、被相続人は明治10年代の生まれということで、出生時の戸籍は、いわゆる「壬申戸籍」(明治5年式戸籍)に該当するものと推認されるところ(市役所では出生時の戸籍が壬申戸籍である旨の確認はとれませんでした。)、市役所で請求したところ、やはり「保管していない」と言われました。
当事務所の業務における注意点
被相続人の戸籍について、相続登記では、実務上生殖可能年齢からでよいとされていますが、当事務所では出生からの分を取得・添付することを原則としています。
対処等
相続登記では生殖可能年齢(何歳かはいろいろ説があったり、男女で違っていたりします。)からの戸籍でよいとされており、ぎりぎりの年齢からの戸籍は取得できていましたが、念のため、取得できた一番古い戸籍に記載されている従前戸籍の本籍・戸主名・当該被相続人名を表示した除籍を保管していないことの「証明書」を出してもらい(市町村役場によって出せるか否かや書類名、記載内容が異なります。)、相続登記の申請書に添付することにしました。
参考実例(登記研究149号162頁)
相続人の身分を証する書面として、被相続人が15,6歳の時代からの事項の記載のある戸籍及び除籍謄本が必要である。
注:先例ではないので、登記所によって解釈が異なる可能性があります。
被相続人の本籍地と登記記録上の住所が不一致であり、住民票も戸籍の附票もない時代の死亡であるため、戸籍上の死亡した人と所有権登記名義人の同一性証明ができない。
問題点
- 被相続人法務一郎の登記記録上の住所は、●●市大字■■100番地の1
- 最後の本籍(他家から妻に随伴して入籍)は、●●市大字■■100番地
- ちなみに固定資産課税台上に登載されている住所は、●●市■■町100番地1(本件の依頼者である相続人の住所と同じ。)
微妙な違いですので、戸籍上の死亡した人と所有権登記名義人は同一人物であると推定はされるものの、登記手続上は同姓同名の別人とみなされてしまい、このままでは登記申請することができません。
なお、「大字■■から■■町」への変更と番地の枝番の前「の」が取れたことは問題ありません。
対処法等
本籍(出生から死亡までの戸籍、除籍、改製原戸籍謄本の数通あるうちのどれかに記載された本籍)が登記記録上の住所と同じであれば同一性を証明することができますが、それができないのであれば、本籍地入りの住民票(除票)や戸籍の附票(除附票)の写しを取得して証明する必要があります。さらにそれがなければ、登記を受けた際の登記済証を添付証明します。
参考先例(平成29年3月23日民二第175号通知)
相続による所有権の移転の登記の申請において、所有権の登記名義人である被相続人の登記記録上の住所が戸籍の謄本に記載された本籍と異なる場合には、相続を証する市区町村長が職務上作成した情報の一部として、被相続人の同一性を証する情報の提出が必要であるところ、当該情報として、住民票の写し(ただし、本籍及び登記記録上の住所が記載されているものに限る。)、戸籍の附票の写し(ただし、登記記録上の住所が記載されているものに限る。)又は所有権に関する被相続人名義の登記済証の提供があれば、不在籍証明書及び不在住証明書など他の添付情報の提供を求めることなく被相続人の同一性を確認することができ、当該申請に係る登記をすることができる。

ところが、ここでさらに問題がありました。
住民票や戸籍の附票の制度が始まったのは、本件の被相続人が亡くなった後のなので、上記書類での同一性証明ができません。また、古い時代ということもあり、紛失により登記済証もありません。
同一性を証明するために、登記記録上の住所における同姓同名者の不在籍・不在住証明書のほかに、依頼者から委任状をもらった上で以下の書類への奥書証明を取得し、添付しました。
被相続人の氏名、死亡年月日、最後の本籍、最後の住所(不明である旨)、登記記録上の住所、固定資産税課税台帳上の住所、登記記録及び課税台帳上の不動産の表示を記載した、依頼者である相続人が当該土地の3か年分の固定資産税を納税した旨の「証明願」
当事務所の業務における注意点
上記の同一性証明のための添付書類については、当事務所で独自の判断によるものです。
不在籍・不在住証明書(消極的な証明)と登記記録上の住所・氏名と同一住所・氏名の記載のある固定資産評価証明書で足りる場合や遺産分割協議参加者全員の実印入りの上申書(印鑑証明書付き)も求められる場合がありますので、本来は、登記所に事前照会を行うことが原則です。
遺産分割協議への参加者は依頼者を含め30名(各相続人の居住地は全国に点在)
問題点
被相続人の出生から死亡までの戸籍を取得した上でその相続人(相続人が亡くなっていればその相続人の出生から死亡まで)の戸籍を取得し、現在生存している相続分を承継した遺産分割協議(全員参加していなければ協議の結果は無効)の参加者を調査・確定します。
所有権登記名義人が依頼者の親よりも前の世代となると、遺産分割協議書に実印を押印してもらう必要のある人は多くなります。
その肩書は、単純に「相続人」や「相続人兼○○○○(例:被相続人よりも後に亡くなった配偶者名)相続人」だけではなく、①遺産相続人○○○○の相続人、②遺産相続人○○○○の相続人□□□□の相続人、③遺産相続人○○○○の相続人△△△△の相続人、④遺産相続人○○○○の相続人△△△△の相続人☆☆☆☆の相続人…..といったように1人で何個もの立場を持つようになります。
また、どの親族や実家の近所の人に聞いても連絡先や住所が分からない人、氏名すら聞いたことのない人が含まれている場合があります。
当事務所の業務における注意点
上記の「肩書」は、遺産分割協議証明書に書かなくても登記の審査上問題はないかもしれません(先例等が見当たりませんので、実のところは不明です。)が、職務上これらの関係を明確に把握し、かつ、押印する人にどういった立場で押印するのかを理解してもらうために、当事務所では、遺産分割協議証明書の氏名の前に記載しています。
対処等
- 戸籍による相続人調査の結果、遺産分割協議への参加者は依頼者を含め30名となり、その居住地は全国に点していました。
- 遺産分割協議の参加者を確定させたら、依頼者に、日頃より連絡を取り合っている人や連絡先が分かる人には、通常の相続登記と同様にまずは電話などで連絡をとってもらい、遺産分割協議証明書への実印の押印と印鑑証明書の取得・添付のお願いをしてもらいました。
- 連絡先や住所が分からない人、氏名すら聞いたことのない人については、取得した戸籍の記載から戸籍の附票を取得し、現住所を把握した上で、その住所に宛てて、依頼者と文面等を相談・協議しながら①経緯・事情説明及び②いずれ実印の押印と印鑑証明書をいただくことになるのでご了解いただけるかどうかの質問を記した書面(回答書同封)を当事務所が作成し、依頼者自身に送付してもらいました。
- 回答書を返送してもらった人には2.と同様のお願いをしてもらいました。
- いきなり知らない人からの手紙ということで警戒され、なかなか回答書を返していただけない人もいました。書留で送ったり、受け取り拒否されないように敢えて普通郵便で送ったりを試しました。最終的には、近い親族のうち、連絡いただけた方に依頼者が電話で相談し、連絡を取ってもらうということもありました。
- 最終的には、ご依頼から約1年の期間をかけて、全員の遺産分割協議証明書(実印押印)と印鑑証明書を揃えることができました。
当事務所の業務における注意点
上記3.関連 司法書士は遺産分割の代理や交渉ができないため、当事務所の方針として、差出人、文書の作成名義人及び問い合わせ窓口を依頼者とし、送付作業も依頼者自身に行っていただいています。
遺産相続から始まる数次相続(中間単独)の遺産分割協議証明書と登記原因
遺産分割協議証明書
本事例では、最終的な遺産分割協議の結果のみ(被相続人名義を依頼者が単独で相続した旨のみ)を記載した遺産分割協議証明書を作成しました(平成29年3月30日民二第237号通知)。当事務所の通常の証明書です。
登記原因
戸主法務ヒロシ(依頼者の実父)は昭和35年8月31日に死亡しており、同人による単独相続を経由しているものとして遺産分割協議をしたので、本事例の登記原因は、
昭和10年7月1日法務ヒロシ遺産相続
昭和35年8月31日相続
となりました。

関連業務

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電話0944-85-0852