登記は、自分でも申請することができます。むしろ、それが原則です。
ですが、本来、登記を申請するという行為は、様々な法律上の知識や専門的な手続の知識が必要であり、リスクも伴うものです。
そのために、司法書士には、国民の権利保護及び手続等の適正を図る目的で、商業・法人登記や権利にかかる不動産登記の手続について、申請人から依頼を受けて代理申請等を行う独占資格を国から与えられているのです。
本記事では、相続登記に絞って、本人申請(申請人が司法書士に依頼せずに、自分で手続の全部を行うこと)することのデメリットについて説明します。
なお、この説明を読めば自分でスムーズに、又は問題なく登記申請できるようになるのかというと、やはりそういうものではありません。また、売買による所有権移転登記の場合は、もっと大きなデメリットがあります。
時間・手間がかかる 簡単ではない
「登記は車検と同じ」
仕事を持っている人は、仕事を休んで①市役所に行って戸籍等を取得して、②土日を潰して書類作成をして、またまた仕事を休んで法務局に「③申請」「④補正」「⑤完了書類の受領」と3回以上行く必要があります。なお、補正や完了書類の受領は申請した当人(又は代理した当人)でなければいけません(郵送申請・受領はできます。受領のみの委任も可能です。)。
本人申請の場合は、ほとんどの人が補正のために法務局に行く必要があると思った方がよいでしょう。内容によっては、取り下げさせられて申請をやり直す必要さえあるかもしれません。
私もサラリーマンだったということもあり、限られた貴重な時間や有給休暇がもったいないと思います。まさにタイムイズマネーです。いろいろな考え方はありますが、私は、帰宅後の時間や休日を趣味や旅行、家族サービスなどに使った方がよいと感じています。
ちなみに、「社会勉強のために自分でやってみる」とおっしゃる方がいますが、登記の仕事を毎日やっているからこそ分かることなのですが、たった一度の登記申請の経験が一般的な社会生活に活かされる場面は、ほとんどないでしょう。
また、申請書等は単に法務局のホームページにある雛形の穴埋めをすればよいというものではなく、法的知識や手続知識が必要なものです。
「登記は簡単」というSNSでの非資格者の人の投稿がよく見られますが、法務局で何度も何度もやり方を聞いたり、補正を経るなどして本当はもの凄く苦労したにもかかわらず、結果として何とか完了させることができて安心したためなのか、後になって「簡単だった」とおっしゃっていた方を実際に知っています。絶対的な「簡単」の基準は存在しません。ケースやパターンは誰一人として同じではありませんし、事務処理能力も人それぞれです。
車検を自分でする人(ユーザー車検)は、非常に少ないと思いますが、その理由も本来は登記と同じはずです。なぜか分かりませんが、登記は簡単に見えるようです。
法務局のホームページに手続方法の説明や申請書様式が公開されていますが、このことをもって「誰でも簡単に(お手軽に、間違えることなく)手続できますよ」ということを示しているわけではありません。
法務局のホームページより
Q1 登記申請を自分で行いたいと思っているのですが、法律に詳しくありません。登記申請は法律に関する知識がない者でも自分で行えますか。
A1 登記申請は御自身で行うことができます。
ただし、御自身で登記申請を行うときには、登記申請書の作成や、登記の種類や内容に沿った添付書類の収集及び作成を御自身で行っていただく必要があります。そのため、法務局では、登記手続に関する専門的な知識をお持ちでないという方に対して、登記手続案内として、登記申請書の作成等に必要な情報の提供を行っています。
もっとも、登記手続は、重要な情報を登記することによって公示するものであることから、慎重な判断を要し、登記関係法令を含めた各種法令への適合性が審査されることになるため、申請しようとする登記の種類や内容によっては、高度な専門知識(民法・会社法等の高度な法律知識や、測量等の技術的知識等)を要する場合や、書類の作成・収集に相当な手間・時間を要する場合もあります。御自身で手続を進めることが難しいと感じられる場合には、専門家である司法書士・土地家屋調査士へ依頼することも併せて検討していただくことをお勧めします。
なお、法務局では、上記の登記手続案内であっても、登記のやり方を具体的に詳しくは教えてくれません。もちろん、申請のお手伝いもしてくれません。その理由は、以下の記事に書いていますので、参考にしてください。
課税明細書が送付されない不動産の相続登記漏れの可能性
法務局のホームページや登記手続案内では、被相続人名義の不動産の把握の端緒の一つとして、毎年4月ごろに市町村から送付される固定資産税の「課税明細書」を挙げています。
この課税明細書は、課税標準額の合計が免税点(土地30万円・家屋20万円・償却資産150万円)未満の場合には送付されないため、その不動産の存在を知らずに把握できている不動産だけを登記申請してしまうということがあります。いわゆる相続登記漏れです。
共有私道において被相続人が筆頭者(代表者)ではなかった場合も、被相続人に課税明細書が送付されません。
漏れた不動産も相続登記の義務(10万円以下の過料)の対象です。
免税点とは↓
柳川市のホームページより
※固定資産税の免税点
柳川市内に同一名義人が所有する土地、家屋、償却資産のそれぞれの課税標準額の合計が下記の金額未満の場合は、固定資産税は課税されません。
土地30万円
家屋20万円
償却資産150万円※課税明細書
固定資産課税台帳(土地・家屋)に登録されているあなたの所有する全ての資産の内容が記載されており、納税通知書にさきがけて4月中旬にお送りしています。確定申告等で使用する場合もありますので、大切に保管してください。
ただし、土地、家屋の課税標準額がいずれも免税点未満の場合は、課税明細書は送付しておりません。
先代名義の不動産も一緒に登記申請してしまう可能性
固定資産課税台帳や課税明細書は、固定資産の所有者ごとに作成されるものですが、私の経験では、被相続人の父(先代)名義の土地が紛れ込んでいたことがありました。
これに気付かずに(登記記録をよく確認せずに)先代名義の土地も含めて登記申請してしまうと、当該土地の「一部取下げ」をすることになると思います。登録免許税の一部還付の手続もあるので、場合によっては、申請自体(全部)を取り下げさせられて、やり直しになるかもしれません。
一人遺産分割協議を行って登記申請してしまう可能性
補正のみで対応できるかもしれませんが(場合によっては、取り下げさせられることになるかもしれません。)、100%自分の名義にするためには、別の登記をもう1件申請する必要があります。
一人遺産分割協議の詳細は、以下の記事をご参照ください。
不動産番号を間違えて登記申請してしまう可能性
登記申請書の不動産の表示に不動産番号を記載した場合は、土地の所在、地番、地目及び地積、建物の所在、家屋番号、種類、構造及び床面積の記載を省略することができます。
この場合で、不動産番号を1桁でも間違えてしまうと、2個以上の不動産に対する申請だった場合は当該不動産の「一部取下げ」で済みますが、1個の不動産に対する申請だった場合は申請自体(全部)を取り下げさせられて(本来は却下です。)、やり直しになります。
贈与税がかかってしまう遺産分割協議書を作成してしまう可能性
本人申請する人は、法務局でもらった手引書や説明書、法務局のホームページに掲載されている遺産分割協議書の見本をそのまま利用することがほとんどですが、法務局では、不動産の名義変更手続(所有権移転登記)が可能となる最低限の内容を記載したものしか案内していません。
例えば、換価分割や代償分割をしたにもかかわらず、法務局の遺産分割協議書の見本をそのまま利用した場合は、贈与税が発生してしまう可能性があります。
換価分割とは↓
代償分割とは↓
未登記建物を考慮しない遺産分割協議書を作成してしまう可能性
本人申請する人は、法務局でもらった手引書や説明書、法務局のホームページに掲載されている遺産分割協議書の見本をそのまま利用することがほとんどですが、法務局では、登記された不動産の名義変更手続(所有権移転登記)が可能となる最低限の内容を記載したものしか案内していません。
法務局の遺産分割協議書の見本をそのまま利用した場合は、未登記建物が盛り込まれていないため、相続人からその建物の建物表題登記を申請するには、別途その未登記建物のための遺産分割協議書を作成して相続人全員から実印の押印をしてもらう必要があります。
また、未登記建物を取り壊す場合も、相続人全員から取り壊しについての同意を得る必要があります。相続登記の際の遺産分割協議書に未登記建物を盛り込んでおけば、別途他の相続人の同意を得る必要はなくなります。
未登記建物とは↓
他の相続人の同意について↓
遺産分割協議で共有にしてしまう可能性
詳細は、以下の記事をご参照ください。
共有者から共有者への相続登記については落とし穴がある
詳細は、以下の記事をご参照ください。
登記識別情報の不通知を選択してしまう可能性
法務局でもらった手引書や説明書、法務局のホームページの説明をよく読まずに申請書を作成すると、誤って登記識別情報の不通知を選択してしまうおそれがあります。
登記識別情報の通知を受けないと、その後の売買や抵当権設定等において困ることになります。
原本還付手続をしない可能性
登記申請書の添付書類は、すべて原本を提出する必要があります。申請時に原本還付手続をしておかないと戻ってきません。
後で気がついた時に法務局に相談しても、戻してもらえません。
他の手続で使用する予定があるのに、遺産分割協議書及び印鑑証明書の原本還付手続を忘れると(やり方や原本還付のこと自体を知らないと)もう一度作成等をする必要があります。
補正が必要になる
申請受付後、補正の連絡があるとそのために法務局にわざわざ行がなければならなくなります。
なお、不動産の管轄法務局が遠方だった場合は、郵送で申請することができますが、補正は郵送ではできず、法務局に行く必要あります。対応できない場合は、取り下げてやり直しになります。
以下は、単純な添付書類不足や誤字脱字を除いた補正原因のうちのごく一部です。
- 自己流の申請書で申請してしまう。
- 法務局でもらった手引書や説明書、法務局のホームページに掲載された申請書の見本にはない申請書を作成する必要があるイレギュラーなケースであるにもかかわらず、見本どおりに作成してしまう。
- 別の登記の申請書の見本・雛形を利用してしまう。
- 数次相続と代襲相続の違いが分からなかったり、養子や認知した子を見落とすなどにより、遺産分割協議書の署名・実印押印が全員のものでない。
- 被相続人の同一性証明のための書類が足りない。
- 申請書の不動産の表示を固定資産税の課税明細書の記載内容で作成してしまう。
- 未登記不動産を含めて申請してしまう(登録免許税の過納→還付請求が必要)。
- 非課税の土地の分も含めて登録免許税の計算をしてしまう(登録免許税の過納→還付請求が必要)。
相続登記以外の手続があることに気づけない
農地法第3条の3第1項の規定による相続等による権利取得の届出
農地について必要な手続です。意外に気づかない(忘れている・知らない)手続です。
この手続が必要になることを法務局が教えてくれることはありません。ほとんどの司法書士は、教えてくれると思います。
休眠担保権等の抹消登記
相続した不動産に、売却する場合などに抹消しておくべき登記が残っていることがあります。
現在ではもう効力のない地上権や地役権、買戻特約の登記が残っていることもあります。
こういったことを法務局が教えてくれることはありません。
取り壊し済み建物の滅失登記
相続した土地の上に、実際には取り壊されているものの、建物滅失登記が申請されずに建物の登記が残っていることがあります。これも売却や抵当権設定をする際に抹消する必要があります。
この登記が残っていることを法務局が教えてくれることはありません。
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